>HOME 原稿 質の高い福祉サービスを提供するための一考察
2002/**/** 青木慎太朗(同志社大学 文学部) ■はじめに 社会福祉基礎構造改革によって、社会福祉施設はこれまでの運営から経営へと大きく様変わりした。例えば、それまで行政から措置された高齢者を、行政からの委託金であるところの措置費でもって預かり、施設運営もその措置費でなされていたが、介護保険の導入に伴って、高齢者が施設やサービスを選択できる時代が到来し、施設は利用者に選んでもらえるように、これまで以上に良質のサービス、とりわけ、支払ったサービス料に見合ったサービスを提供することが求められるようになった。 制度の変化の中で揺れ動く施設経営のもと、質の高い福祉サービスを提供するにはどのようにすればよいか、検討してみたい。 ■1. 福祉施設経営の登場 2000年4月、社会福祉基礎構造改革の一環として、高齢者福祉の分野で介護保険がスタートした。それまで、戦後五十余年にわたって続いてきた福祉に関する考え方は、福祉は行政によってなされるもので、直接援助できない部分を社会福祉法人という名の特殊法人を介して賄うという方法を中心にしてきた。それ故、誰もが簡単に福祉法人を作ることはできず、運営についても自由に行うことには難しいものがあった。その一方で社会福祉法人は、一般の法人とは異なり行政からは保護的扱いを受けており、口を出す代わりに金も出す、といった関係が行政との間には存在していた。 ところが、介護保険制度が導入されると、介護サービスは都道府県知事の指定を受けさえすれば、誰でも提供できるものへと大きく変化してしまった。高まり続ける高齢者介護の需要によって、NPOをはじめとする非営利組織、さらには営利目的の民間企業まで、高齢者介護の分野に進出することが可能となった(ただし、施設サービスを中心とした第一種福祉事業は、社会福祉法人でなければ行うことができない)。ここに高齢者介護という一つの市場ができあがったと言うことができるだろう。これまで、行政の委託事業をこなすことが第一だった社会福祉法人は、突如としてこの市場に放り出されてしまったのである。市場、そこは競争原理のはたらく世界。市場で戦うことに慣れている民間企業が、経営戦略でもって武装してくるのだ。社会福祉法人も、それに対抗する策を取らなければならない。 では、社会福祉法人にとっての強みは何なのだろうか?一つには、これまでの経験と実績から、信頼されるサービスを提供できるというところが上げられるだろう。ただ、とくに施設サービスにおいては、社会福祉法人同士が競争しなければならない状況も現れ、看板だけでなく、やはりサービス内容を中心とした経営戦略を練る必要が出てきた。 ■2. 選別の福祉から選択の福祉へ 近年の福祉改革の大きな柱が、それまでの行政による利用者選別の措置制度から、利用者が直接サービスを選べる契約制度への変遷である。言い換えるならば、利用者が選別される福祉から、利用者が選択できる福祉へと様変わりした、ということになろう。 これを象徴しているのが、社会福祉法第三条(理念)に定めるような個人の尊重であり、サービスを受ける人の意思、自己決定を尊重しようという理念のもとでの改革であるということである。 ゆえにサービス提供側は、この理念に従って、利用者の意思を最大限尊重できるような形でサービス提供を行わなければならない。そうしなければ、利用者に選んでもらうことはできないであろう。 ■3. order made care 利用者個人の自己決定を尊重する上で、これまでしてきたように、起床・食事・入浴・就寝などの時間を、施設が一方的に決めて利用者に押しつけるといったやり方は、もはや通用しなくなるであろう。自分のケアについては自分で決める、それが利用者の権利であって、それこそが社会福祉法の求めるところの個人の尊重につながるのだ。施設の提供するサービス内容は、利用者自身が決めたものに可能な限り最大限に沿ったものでなければならない。ケアのオーダーメイド、あるいは、self-managed careである。 ■4. 情報公開及び説明責任 利用者にサービスを選んでもらうことによって個人の意志を尊重する上では、その判断根拠となるに足るだけの情報が利用者になければならないだろう。そこで必要になってくるのが、施設などサービス提供機関からの情報公開、そして事前の十分な説明である。 パンフレットなども重要ではあるが、施設側からの情報に偏っているために、必ずしも利用者が適切な判断を下すために十分な資料であるとは言えない。その施設のサービス内容などについて利用者や第三者が客観的に判断した資料も重要になってくるであろう。なお、第三者評価の導入については、すでに厚生労働省が中心となって取り組んでいる。また京都市では、利用者評価にも取り組んでいる。 そして、利用者は施設と契約するのであるから、自分が受けるサービスについて事前に施設側から十分な説明を受けるだけの権利があるであろう。逆に言えば、施設側は十分な説明をしなければならない。さらに言えば、胸を張って説明できるだけの質の高いサービスを提供している必要がある。 ■5. 利用者本位のサービスこそ良質のサービス これまで、「質の高いサービス」が必要であると述べてきたが、質の高いサービスとはいったい何なのだろうか?「質の高いサービス」と「利用者に選ばれるサービス」は表裏一体の関係にあるのだ。則ち、利用者に喜ばれるサービスを提供しておれば、利用者は満足し、それが利用者評価あるいは第三者評価に現れる。そして次にサービスを受けようとする人は、それを参考にするわけであるから、結局のところ、利用者本位のサービスを提供しておれば、それ自体、質の高いサービスを提供しているということになるのである。 企業はよく、「お客様に満足していただけるサービスを」などと口にするが、社会福祉施設においても、利用者に満足してもらえるサービスを提供しなければならないし、そのための創意工夫を欠かしてはならない。 社会福祉法人は他の民間法人とは異なり、福祉事業のみを展開する法人である。それが、民間事業者の参入で単なる特権階級にしがみついた特殊法人と同等のまなざしを受けるようであれば、つまりその程度のことしかしていないのであれば、社会福祉法人の意味はなくなる。利用者本位のサービス、福祉の視点を常に忘れないサービスをしてこそ、社会福祉法人の意義があると言えるだろう。 ■おわりに 良質のサービスを提供するという理想を口で言うのはたやすいが、社会福祉法人にとっては、職員の勤務時間の問題、常勤職員についての規定など、数多くの規制が残されている。現在の制度は施設職員にとって非常に負担が重く、それは施設経営をも脅かしている。 質の高いサービスを提供するためには、社会福祉施設が努力するのみではなく、制度改革も必要になってくるのだ。そして制度改革のためには、国民の意識が変わらなければならないだろう。福祉施設が大変なことになっている、ということを、広く国民に周知させることも重要になってくる。そうしないことには世論は動かず、一部の人たちが騒いでいる、といった形で、この問題が見過ごされてしまう。そこには質の高い福祉サービスを実現するための制度改革などといった視点は入る余地がなく、施設は、これまで同様、いや、これまで以上に苦しい経営が迫られることになるであろう。 [青木 慎太朗] UP:20050223 ◇原稿 |