>HOME 原稿 ――障害学生への情報保障とメディア活用・総説―― 青木 慎太朗 20060303 『NIME研究報告』14:17-27 (独)メディア教育開発センター 特別共同利用研究員 立命館大学 大学院 先端総合学術研究科 *PDFファイルはこちら。 【概要】 本稿の目的は、日本の大学における障害をもつ学生に対する支援の現状について触れ、とりわけ、そこでのメディアの活用という観点から、ウエブサイトを介した支援の意義について検討するところにある。ここでは、現状の紹介と今後個別具体的に検討されるべき事柄についての確認を行った後、障害学生支援データベースが日本にも必要であること、そしてそこにある可能性について述べる。 ■■はじめに 障害をもつ学生の支援といったことが表立って議論されるようになってから、そう長い時間を経過してはいない。以前、決して支援がなかったわけではないが、学生たちによる「助け合い」といった形でなされているところが多分にあり、大学での障害者支援が議論されはじめたのは、1990年代に入ってからである★01。 現在、我が国における大学(短大や高等専門学校を含む)進学率は約50パーセントといわれているが、例えば、視覚・聴覚に障害のある学生の進学率は5パーセントと、非常に低い値を示している。また、大学在学者に占める障害者の割合は0.2パーセントと、これも非常に低いことがうかがえる([佐野・吉原2004] p12-13)。 障害をもつ学生が大学で学ぶ上で、その障害に合った支援が受けられることは欠かせない条件となる。具体的には、例えば、耳の聞こえない学生の場合、ノートテイクや手話通訳による情報保障が行われないと授業の内容を理解することができない。また、目の見えない学生の場合、教科書や配付資料の点訳が行われなければ授業の理解が難しく、研究に必要な文献や資料等についても、点訳や音訳、テキストデータ化などの支援が必要となる。車椅子を使用している学生にとって、建物がバリアフリー化されていることは重要であるし、通学や教室移動に際して介助を必要とすることもある。この他にも、日本では現在でもなお十分に議論されていないが、発達障害者への支援、精神障害者への支援についてもなされなければならないだろう。そういう課題があることを、まず検討する。 次に、とりわけメディア活用という観点から、主に聴覚・視覚障害者に対する情報提供の場面でのメディア技術の役割について考えてみたい。大学における情報といってもさまざまあり、それらは一括して論じられるには無理がある。そこで、大きく二つに分けて検討する。いずれにもメディア技術は活用される余地があるが、とくに狭義の情報について、ウエブでの提供との関係で考える。 ウエブでの情報提供を考えるなら、そもそも障害者支援についての情報を大学がいかにして提供しているのか、という疑問が生まれる。この点に関して、EUでの取り組みを紹介しつつ、日本の現状について触れておきたい。その上で、障害学生支援データベースの必要性/意義について検討し、さらにそれらを構築し他の要素を取り入れていくことで、情報社会における障害学生支援の可能性を模索する材料を提供したい。 ■■大学における障害者支援・総説 ■支援の内容 障害学生支援と一言で言っても、どういった学生にどういった支援を行うかについては、大学によって様々であって、一律に決まっているわけではない。大学によって違いがあることには、大きく三つの場合がある。一つ目は、そこに所属する障害をもつ学生のニーズに合わせて対応しているために生ずる差異であり、二つ目は、それまでにどれだけの障害者を受け入れ、支援してきたかという経験やノウハウの蓄積による差異であり、三つ目は、大学側の熱意とでもいうべきか、障害学生支援に対する意気込みの違いからくる差異である。二つ以上の大学の支援内容を対比させて考える際、このことにまず留意される必要がある。 以上のことを断った上で、障害別の支援について、主なものを列挙してみると、次のようになる。 聴覚障害者への支援としては、主に授業中の情報保障があげられる。具体的には、手話通訳、ノートテイク、パソコン要約筆記などである。手話通訳については特段の説明は要さないだろうが、後二者について。ノートテイクとは、「授業に同席し、授業担当教員の話す言葉を、要訳して文字化する」([佐野・吉原2004] p48)ことである。ノートテイクは、聴覚障害学生一人に対して二人のテイカーを要する。また、パソコン要約筆記は、「サインペンなどのかわりに、聞いた音声をパソコンのキーボードを使って文字入力する方法」([太田1998] p19)である。聴覚に障害のある学生といっても、手話を第一言語としているろうの学生と、手話をまったく使わない学生とがいるし、難聴の学生でも聞こえ方は様々であって、求められる支援の内容も変わってくる。 視覚障害者への支援は、授業内での支援、授業外での支援の両方がある。授業内での支援としては、テキストやレジュメ等の点訳、拡大、テキストデータによる提供があり、試験についても点字や拡大文字による出題・解答や試験時間の延長などがある。また、実験や実習に際しての配慮(補助員の配置など)もあげられる。細かな点では、板書の読み上げや指示語(あれ、それ、等)を使わないなどがある。授業外での支援としては、研究に必要な参考文献の点訳や拡大やテキストデータ化、対面朗読、点字ブロックや音声案内の敷設、教室間移動や通学の介助などがある。テキストデータ化とは、文献や資料をスキャナで読み込み、テキストデータに変換する作業であるが、その際、完璧に変換することは不可能なため、人手を介した校正作業が必要となる。テキストデータ化することで、視覚障害者がパソコンの音声化ソフトを用いて音で聞いたり、画面上に拡大表示させて読むことが可能になる。また、大学側から提供される情報は掲示を中心に行われるが、それを視覚障害者にどう伝えるのかという問題がある。 肢体障害のある学生にとっては、通学や学内での移動介助、施設のバリアフリー化が重要となる。建物にエレベーターを設置することもさることながら、工事が対応できない場合には教室を変更するなどの措置が執られることもある。また、車椅子対応トイレの設置等は喫緊の課題である。 ■障害学生支援の概括的課題 聴覚障害・視覚障害・肢体障害をもつ学生に対する支援の重要性は徐々に認識されるようになった。さらに、例えば、独立行政法人メディア教育開発センターが中心となって平成13年から実施しているSCS利用研修において、発達障害者への支援を主題とした研修が実施された(2005年10月6日)。また、日本学生支援機構が平成17年から開始した障害学生修学支援セミナーにおいても、発達障害者への支援をどうするかといったことが、参加者からの質疑にみられた[日本学生支援機構2005]★02。 その一方で、精神障害や内部障害をもつ学生への支援については、未だにほとんど議論がなされていない。多くの大学では、授業は1コマ90分で実施されているが、ずっと座ったままで授業を聴き続けることができない人たちに対して、どういった支援を行うかという議論が、聞こえない学生に対して音声を介して行われる講義をどう伝えるか、といったことと同様に議論されていないことに対する正当性はない。 さらに、そもそも支援の対象とする障害者についての定義も曖昧である。大学が支援対象とする障害者は、行政の定義する障害者、つまり障害者手帳を所持している人とはイコールではない。社会人学生が増加しており、教員より年配の学生が授業を受けるケースも見られるが、高齢に伴って視力や聴力が低下したという人たちには、手帳をもっていなくとも支援が必要になってくるかも知れない。あるいは、音声と同時に文字でも情報が提供されることで、日本語に堪能でない留学生が授業内容の理解を助けられるといったこともある。つまり、障害学生支援といえば一部の人たちに向けられたものとして捉えられがちだが、「ないよりあった方がよい」と他の多くの人たちが感じられるものは、そう少なくはない。 本稿では、この後、ウエブサイトを使った情報保障についての議論に移るが、こうした課題があるということについて、ここに明記しておく。 ■■大学における情報保障 ■情報保障 情報保障は、大学内でのみ使われる言葉や考え方ではない。よく聞かれるのは、政見放送やニュース番組に字幕を付けることや、映画などに字幕・副音声を付けるといった場面である。似た言葉に「情報アクセシビリティ」「情報バリアフリー」、「情報アクセス権」といったものがあるが、前者はテクノロジー面の問題として語られることが多く、後者は著作権や知る権利といった、法的な議論の中で用いられる傾向にある[田中2004]。これらは、どちらかが充実すればよいといったものでなく、技術開発や法整備が車の両輪のようにしてなされなければならないことは――言うまでもないことであり、また後にも触れるが、これは障害者支援に限ったことではない――重要である。 大学における障害をもつ学生への情報保障としては、大きく二つに分けられる。一つは、大学が発信する一般情報、あるいは狭義の情報とでもいわれるもので、休講や教室変更、講演会などの専ら掲示板を使って提供される情報を、それを見ることのできない視覚障害学生にどうやって提供するかという問題である。もう一つは、講義などを通して伝えられる事柄も全てひっくるめて情報として捉えたものとして、授業や教材等における情報保障で、聴覚障害学生に対するノートテイクや手話通訳、視覚障害者に対する教科書の点訳や拡大などがこれに相当する。後者の情報保障は「講義保障」と呼ぶこともある★03。 ■情報保障とIT化 この情報保障についても、近年はIT化が進んでいる。授業での情報保障については、パソコン要約筆記という手法を採用することで、「1分間に120字〜180字程度の文字入力が可能」([太田1998] p19)になることや、聴覚障害学生が複数受講している場合でも支援者の人数は同じであることなどから、聴覚障害者が多数出席する場所では、こうした方法が採用されている★04。 視覚障害者に対する情報保障では、従来の点訳や拡大コピーといった方法に加えて、テキストデータの提供という情報保障の形態が誕生した。これは、教員が授業で配布するレジュメや資料をデータの形で提供し、視覚障害学生がそれを音声読み上げソフトを用いて読んだり、画面上で拡大して読んだりすることが可能となったことから生まれた情報保障の手段で、教員の側も多くはレジュメ等をワープロで作成していることから、技術的にはとくに難しいことではない。また、中途失明等で点字に堪能でない視覚障害者でも、音声化できることから、こうした形態は有用である。さらに、点訳の形態が変化したことも指摘しておく必要がある。従来、一点、一文字をこつこつと点訳していたのだが、そうすると、点字の教科書が手元に届くのは、期末試験の終わったあとだといったことが起こっていたが、最近ではパソコン点訳が主流となり、人手を要するのは校正作業だけでよいという自動点訳ソフト★05も開発されている。また、点訳でなくテキストデータの提供を望む声もあり、テキスト校正の作業を障害学生支援の一部として取り扱うようになっているほか、一部の出版社は書籍の購入を条件にしてテキストデータの提供を行っている。 こうしたIT化のメリットは、これだけにとどまらない。手作りの点字図書は、依頼した学生の手元に渡ればそれで終わりだが、パソコン点訳の場合は、それらが手元に残るので、後で別の学生がその本を必要としたときには、専用のプリンターを用いてすぐに複製が可能である。これはテキスト校正についても同じことが言え、スキャナで読み込んで原本と照らし合わせるという作業をしておくと、今後それを必要とする人が現れたときに、速やかに提供することが可能である。 しかし、これはあくまでも技術的なことのみを問題としたときの話である。著作権法では、点字による複製は認められており、それによってつくられたデータを共有することも2000年より可能となったが★06、テキストデータによる複製については著作権法には一切明記されていないため、例えばそれらを共有するなどを行えば直ちに違法となる。また、一部の出版社は、いわば「ご厚意」でテキストデータの提供を行っているが、出版者側はテキストデータの提供に対して何ら義務を負っていない。したがって、テキストデータで本を読もうとする人が法律を遵守するなら、まず本を購入し、それをスキャナで読み込んで校正作業をしてもらって受け取るという手続を踏まなければならず、既に他の人が読んでいるかも知れない著作物であっても、その作業を省略することはできないことになる。これは非常に効率の悪い話ではないだろうか。こうした、新たな読書形態は、現行著作権法の想定していないものであることは容易に想像できる。著作権の切れたもの、つまり著者没後50年を経過したものについては、テキストデータにしてウエブ上に公開するという青空文庫の取り組みは広く知られている。技術的に可能なことを、できなくしているのは法律である。著者の利益なのか。あるいは出版社の利益なのか。いずれであろうとも、それは情報をそのままでは受け取れない人たちの受け取る権利を制限する主張として、正当化されるのだろうか。 点訳のIT化についても、例えば点訳ボランティアがIT化に対応できていないことは深刻な問題でもある。熟練で、相当な点訳技術をもつ人も、自動点訳ソフトなどを使いこなせば、さらに生産性が高まるだろう。あるいは、点訳のためにパソコンを使うことはできても、それをデータとしてメイルに添付して送ることになると、やり方が分からないといった相談を受けることがある。また、著作権法上の問題をクリアしたため、共有が可能な点字データについても、共有が十分に進んでいるとはいいがたい現状にある★07。 次に、大学側から発信される一般的な情報については、重要な情報についてはメールマガジンでの配信をはじめた大学もあるほか、ウエブ上に掲載するといった動きがあるのは確かである。こうした取り組みは、掲示板情報を見ることができない視覚障害者だけでなく、普段あまり大学に来ない遠隔地の学生や、社会人学生にとっても有益である。実際、こうした学生の受け入れに前向きなところでは、メールマガジンやウエブでの情報提供に積極的である。 しかしながら、それでもやはり掲示による情報提供が優位にあることは否めない。重要かどうか判断するのは、送り手でなく受け手の方である場合もあり、シンポジウムや講演会といったものは掲示のみでしか知らされないことがある。掲示板優位になることは、やむを得ない面があるのだろうか。もしあるとするなら、その格差をどう解消するべきだろうか。 ■情報保障/支援の担い手 そもそも、障害学生の情報保障を誰がやるのか、といった問題がある。学生は大学に対し学費を払っているのだから、受け入れた大学がやるべきだ、ということはできるだろうが、だとすれば、障害学生を受け入れた際にかかる費用が学費を上回るといった場合はどうなるのか、という問題が生じるし、受け入れることは大学にとって、時として負担で面倒なことであり、受け入れに消極的になることが考えられる。現在、そのための補助金制度があり、受け入れ人数に応じて大学に支給されている★08。それをもとに、情報保障を実施するのは大学なのである。これは、障害をもたない学生の場合でも同じであり、私立大学の場合でも補助金はかなりのウェイトを占めている。したがって、補助金をもらって学生を支援するのは大学、という形態は一般的なものであるから、障害学生に対する情報保障の場面でも、直接の担い手は大学がなるべきである。というのも、細かなニーズに素早く対応できる(可能性がある)など、メリットは大きいからだ。 ただ、手話通訳などの高度な技術を必要とするものは学外と連携して行うしかなく、ノートテイクなどについても、それを行う専任職員を雇うといった方法をとるのではなく、大学はコーディネイト業務を行うといった形態が一般的である。 そうなると、これまでに障害をもつ学生を受け入れたことのない大学は、情報保障や支援のやり方が分からず、困ってしまうことになる。そこにある課題について以下で検討する。 ■■障害者支援をめぐる大学間ネットワークの現在 ■大学を越えたネットワーク 既に述べたように、情報保障の担い手は大学であるとして、一大学では対応しきれない問題をどうするか、という課題が残る。より具体的には、支援ノウハウをもっていない大学とノウハウをもっている大学とが連携することで支援する体制が求められ、あるいは、支援のための情報の共有や意見交換の場の設置が重要となってきている。 独立行政法人メディア教育開発センターが中心となって、SCS(スペースコラボレーションシステム)を利用した遠隔地間会議・研修が平成13年度から年に2回ほどのペースで実施されている。これは、大学や地域を越えた情報共有の試みとして興味深い。また、日本学生支援機構が障害学生支援に関わる大学職員に向けたセミナーとして、平成17年から「障害学生修学支援セミナー」を主催し、東京・京都・仙台で実施をみた(2005年11月現在)。そこでは、先進的であるとされる大学からの事例報告が行われ、その後の質疑応答では、障害学生を受け入れた経験の乏しい大学の関係者等から、どのように支援すればよいのかといった相談が次々に寄せられていた。こうした動きには一定の評価はできるが、年に数回しか実施できないことや、時間や場所の制約があって、関係者等を満足させ、支援の充実に結びつくには十分でない。 また、こうした企画が当事者不在で行われていることにも問題がある。SCS利用研修については、障害学生や支援に携わる学生等も参加することが可能だが、修学支援セミナーについては、参加資格を「(実施されるそれぞれの)地区の大学・短大及び高等専門学校に勤務する学生生活担当の事務系職員」に限定しており、私が参加した第二回セミナーについても、当事者がいればもう少し違った方面からの議論が可能なのではないかと思う場面があった★09。障害学生や支援者たちの大学を越えたつながりとしては、視覚障害の分野では少なくとも1970年頃から京都を中心に情報交換や支援の充実を訴える運動を行っていた団体があったことは確認できている★10。また、同じく京都を中心として、障害の枠を越えた情報交換を行う団体も現在は存在し★11、その集まりには障害をもつ学生や支援に携わる学生に加え、障害学生支援を担当している大学職員も若干名出席しているのだが、大学側のネットワークと当事者側のネットワークがまだまだ別々に動いているといわざるを得ない状況は否めないだろう。その要因の一つに、大学側の集会は平日に行われ、当事者側の集まりは学生が休みになる土日に行われているということが挙げられるだろう。当事者どうしの集まりに参加している大学職員は、休日であるにもかかわらず参加していることになる。そうなると、支援に携わる職員が休日出勤可能とは限らないから、なかなか連携が難しいことになる。 ■障害学生支援と民間団体 現在、非営利の民間団体である全国障害学生支援センターが障害をもつ学生の支援に関する調査や相談を実施している。各大学の支援内容について受験の可否などを含めて全国規模での調査を行い、それに基づいて障害学生をはじめ、大学進学を希望する障害者等に対してアドバイスを行っている。また、『大学案内障害者版』を発行するとともに、ウエブ上でも情報を提供している。同センターのウエブ情報は、情報量として豊富であり、障害者支援のデータベースになりつつある。 ただ、このデータベースに登録されている情報は同団体が実施したアンケートをもとにして作成されているため、当然ながら同団体が質問項目として挙げていない事項については分からない。また、大学が発信する情報ではないため、その内容に対する大学側の責任については、いささか不透明な部分がある。大学が実施している障害学生支援に関する情報は、他の支援情報(奨学金や就職支援など)と同様、大学のウエブサイト内に大学側の手によって掲載されることも重要なのではないだろうか。全国障害学生支援センターが障害をもつ学生たちを支援するために情報を収集し、それを発信することと、大学側がそれぞれ自分の大学ではどういう支援を行うかをウエブ上にいわば宣言することとは、おそらく別の次元である。どちらかがあれば、どちらかが必要ない、といった類のものではないだろう。 では、大学が発信する情報をベースとした障害者支援ウエブサイトとはどのようなものなのだろうか。そして、それが日本で実現する見込みはあるのだろうか。あるいは、実現させるにはどういったことが必要になるのだろうか。そのことについて、以下検討する。 ■■障害者支援ウエブサイト ■EUにおける障害者支援ウエブサイト EUでは学生・教員の交流を促進するエラスムス計画(参加国30カ国、1,800校以上)が1987年より開始され、2004年までに約75万人の学生と1万2千人以上の教員の交流が実現された。そこでは、障害をもつ学生・教員の行き来も想定されており、2004年からHEAGデータベースが導入され、17の国や地域の大学における支援情報を13カ国語で提供している [広瀬2005]。 HEAGデータベースを覗いてみると、サイトをどの言語で読みたいかを選択することができるようになっている。その後、どの国の情報を見たいかを選び、国別の情報が記載されてあるページに移動する。その中から、条件に合う大学を検索することができる仕組みになっている。また、クリック一つで拡大文字のページに移動できる機能もある。 ■日本の現状 では、日本ではどうだろうか。結論を先に言うなら、HEAGのようなものは日本には存在しない。国立大学87校のうち、大学の公式ウエブサイトに障害学生支援に関する情報を掲載している大学はたったの5大学であった[広瀬・青木2005]。 HEAGのようなものを日本につくるにしても、大学側の情報発信に対する姿勢が現状のままだと、とても実現できそうにない。 日本にもHEAGのようなデータベースを構築し、より多くの大学を登録させることで、障害学生支援のレベルを上げていく。そのためには、各大学に対し支援についての情報を発信しようとする気構えをもってもらうことが重要となる。そのためのインセンティブとして、何が考えられるだろうか。何かヒントとなるものはないだろうか。 ■e-LearningにおけるLOMシステム 大学間ネットワークやウエブの活用とメディア教育開発センター(以下NIMEと略す)の役割という視点から考えた際、e-Learningにおいて導入されているLOMシステムは一考に値する。LOM とはLearning Object Metadataのことで、e-Learningで使用される教材やコースごとにメタデータを付与し、それをNIMEのシステム(データベース)に登録する。これにより、利用者はNIMEのデータベースにアクセスすることで求める情報の検索結果を得ることができる[清水2004]。 その後、このLOMシステムはNIME-glad(ナイム・グラッド:glad=Gateway to Learning for Ability Development)として2005年3月より開設され、「能力開発のためのe-Learningコースをはじめ、公開講座や大学のシラバス情報などが登録されており、それらを横断的に検索して学習に利用でき」る(引用はNIME-gladのウエブより)。開設時点での登録件数は約10万件である。 図:NIME-gladの仕組み このLOMシステム、すなわちNIME-gladでは、著作権表示を厳格に行うことや著作権者の了承を得ることを前提条件とした上で、教材についても――場合によってはユーザ認証により閲覧者を制限しているが――ウエブを経由して学習者に提供されている。e-Learningによる授業で使用される教材は電子化されて提供されているのである。つまり、著作権処理を前提とした上で、こうした取り組みが実際に行われているということは注目に値するのではないだろうか。 大学の障害者支援ウエブサイトを考える上で、NIME-gladが参考になるのは、まとめると次の二点である。一つに、大学間ネットワークとしてウエブサイトを使用したデータベースがすでにあるということ、そしてもう一つが、教材などのコンテンツとの連携の可能性である。 ■障害者支援ウエブサイトへの応用について e-Learningについての情報をNIME-gladに登録しているように、大学が障害学生支援についての情報を登録する、ということが考えられる。そしてその中に二つ。一つは、NIMEはそのための受け皿を新たに用意する。もう一つには、NIME-gladに障害者支援についての項目を追加する。ただし、後者の場合はe-Learningに限った情報ということになるから、前者の方が良いということになるかも知れないが、e-Learningを利用したい障害者のことを考えると、両方必要になってくるだろう。 障害者支援ウエブサイトについては、コンテンツとして、教材として点訳されたもの(のデータ)、テキストデータ、ストリーミング教材の字幕といった個別のe-Learningコースに関するものに加え、障害学生支援についてのノウハウなどの蓄積も可能になる。 すでに述べた通り、障害者支援についての情報をウエブ上で提供している大学は非常に少ない。民間団体が調査して、その結果をウエブ上に公開するという取り組みは充実してきているが、やはり大学が公式に支援についての情報を公開することは重要である。大学のウエブサイトに公開することで、大学に障害者支援に向き合わせる契機ともなるだろう。そして、そうしたイニシアティブを取ることは、民間団体や個人の研究者ではやはり限界があるのではないだろうか。勝手にデータベースをつくることができても、大学に呼びかけてウエブサイトを作らせるといった力にはならない。一つには、法律などで強制的にそうした情報を掲載させるという方法も、あり得るのだろうが、そうたいそうなことをしなくても、e-Learning学習コンテンツを提供している大学に連携を呼びかけたように、障害者支援についての情報をウエブで提供するように各大学に対してイニシアティブを取ることは、NIMEにこそ期待される役割ではないだろうか。 ■■おわりに ここで、今後検討されるべき課題をまとめて、本稿のおわりに代えたい。 まず、障害学生支援の分野が支援対象としている障害者の定義が明確でなく、支援が必要なのに受けられない人たちがいるということである。そして、こうした人たちにも支援の手が及ぶように、支援の裾野を広げることが必要である。そのために、どういう人にどういう支援が必要であるのかという議論が、今後ますます必要となるであろう。 次に、情報アクセス権と著作権との関係についての議論である。この点については、大学における障害者支援や情報保障という文脈のみでなく、より一般的な読書権の問題とともに議論されるべきであろう。技術的に可能であり、またそれを用いることで、従来アクセスできなかった情報を受け取ることが可能になる人たちがいることは事実であり、それを、こうした時代の到来を想定していない時代にできた法律で規制し続けることは適当ではないのではないか。著作権者――といっても、著者と出版社では利益を異にするから、分けて考えた方が良いだろうが――と利用者との利益の調整を調整する必要があるだろう。 そして大学間連携について。ようやく連携の動きが見えてはきたが、時間的・場所的な問題で、なかなか話が進んでいない。SCS利用研修に加え、ウエブに情報を蓄積することに意義があるだろうということを述べてきた。参考として、EUの取り組みを紹介してはみたものの、日本の現状を省みれば、データベースをつくっても載せる情報がない。では、諦めるか。あるいは、載せるべき情報を載せるようにはたらきかけるという選択肢があるのではないか。その一つの実践事例として、e-LearningにおけるLOMシステム、すなわちNIME-gladを紹介し、障害者支援ウエブサイトも、単に大学ごとの支援情報を載せるだけでなく、そこで使用される教材のデータ等も蓄積することが技術的に可能ではないかということについて述べてきた。そして、そのためには、著作権についての議論が必要である、というところで、話が戻るわけである。 大学における障害者支援ウエブサイトを考える際、技術面の議論と法律などの側面の両方が必要になってくるが、とくに法律の議論などは社会的にその必要性が認められないとなかなか動かない面があることは否めない。障害をもつ学生の支援や情報保障といったことの重要性を大学側に重要視させること、それを通して障害者支援の重要性を大学から社会一般へと広げること――の可能性の一つとして――を含めて考えていく必要があるのではないか。 そして、その第一歩として、大学に対して支援情報の掲載を呼びかけるというイニシアティブをとるのは、NIMEがもっとも適当なのではないだろうかということを改めて記しておく。 ■註 ★01 例えば、1993年9月に「第一回障害学生の高等教育国際会議」が早稲田大学で、1995年7月にAHEAD日本会議(AHEAD=Association on Higher Education and Disability)が慶應義塾大学でそれぞれ開催されている。この点について、[鶴岡2005]。また、AHEAD日本会議については、[冨安・小松・小谷津1996]。 ★02 2005年4月から施行された発達障害者支援法の第八条二項は「大学及び高等専門学校は、発達障害者の障害の状態に応じ、適切な教育上の配慮をするものとする」と定めている。 ★03 ただ、大学で提供される授業は講義形式のものだけではなく、ゼミ形式のものや実験・実習型のものもある。もちろん、「講義保障」はこれらを除外した考え方ではないのだが、そうであるかのような誤解を招く表現であるので、私はこの言葉の使用には慎重を期している。 ★04 障害学会大会や障害学研究会関東部会など。 ★05 社会学者でプログラマーの石川准氏が開発したEXTRA for Windowsなどが有名である。 ★06 著作権法第37条(点字による複製等) 公表された著作物は、点字により複製することができる。 2 公表された著作物については、電子計算機を用いて点字を処理する方式により、記録媒体に記録し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。)を行うことができる。(2000年〜) 3 点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、専ら視覚障害者向けの貸出しの用に供するために、公表された著作物を録音することができる。 ★07 点字図書や録音図書を学生たちで管理し貸し出すというスチューデント・ライブラリー活動は1970年頃に日本に輸入されたが、続かなかった[菊島2000]。なお、関西にはStudent Libraryという名称を受け継ぐ団体は存在するが、視覚障害学生の問題を取り扱ってはいるものの、こうした活動とは異なる。膨大な量になる点字図書やカセットテープを管理することを思えば、点訳データを管理することは容易である。また、そういう試みはなされているが、タイトル数は限られている。 ★08 私立大学であっても、日本私立学校振興・共済事業団を通じて私立大学等経常費補助金に含まれた形で支給されている。 ★09 質疑応答より一部抜粋。視覚障害者を受け入れているD大学の質問に、視覚障害関係のアドバイザーとして出席していた石田久之氏(筑波技術短大助教授)が回答する場面。 D大学:視覚障害学生への対応についてお聞きしたいと思います。今年の新入生で2名ほど視覚障害学生が入学しまして、1名は幼少時からの視覚障害学生ですので、そういった状況にも慣れていますが、もう1名は大学合格後に急激に視力が落ちて、現在、拡大鏡を使ってようやく授業に付いていっているような状況です。 初めて前期試験を迎えますが、その際リポート以外の時間制限のある試験ですと、どうしても他の学生よりも解読に時間がかかる状況で、今後の対応を考えていかないといけないと思っています。こういった事例がございましたら、どのように対応したらよいか教えていただきたいと思います。 石田:視覚障害者が試験を受ける時ですけれども、点字での解答の場合、大体時間を1.5倍にして試験を受けさせていると思います。問題を代えたりということはあまりしません。それから、点字タイプを使いますので、少し音がする場合があるので、別室で試験を受けさせるということもあります。試験は点字でしょうか、拡大でしょうか。 D大学:点字ではないです。 石田:拡大にしても時間の延長が1.5倍程度までで行っています。例えば初めて拡大読書器を使って、慣れていないということがあると考えなくてはいけませんが、学期間で使用していたようなら、自分の使い慣れた装置を運んでもらって別室、あるいは拡大の場合、答えも逆に周りから見られたりする場合もありますから、教室の一番後ろに席を作るということで行っています。 あとは監督官を1人余計に付けるということをする場合がありますが、人手があればということです。弱視者への拡大読書器を使った試験の対応というのはそんなに大きく他と変わることはありません。([日本学生支援機構2005] p37-38) ★10 すでに註07で団体名を挙げているが、関西Student Libraryという団体は――実際には、前年から活動は開始されていたようであるが――正式には1972年に発足したとされている(同会ホームページより)。 ★11 ここでは、2003年設立の京都リップルのことを指している。 ■文献 太田晴康,1998,『パソコン要約筆記入門』,人間社 菊島和子,2000,『点字で大学 −門戸開放を求めて半世紀−』,視覚障害者支援総合センター 佐野(藤田)眞理子・吉原正治,2004,『高等教育のユニバーサルデザイン化―障害のある学生の自立と共存を目指して』,大学教育出版 清水康敬,2004,「高等教育におけるe-learningの支援と教育コンテンツの共有」『メディア教育研究』、vol.1,no.1、pp1-9 田中邦夫,2004,「情報保障」『社会政策研究』第4号,東信堂 鶴岡大輔,2005,「障害学生支援の現状と課題」『リハビリテーション研究』122号,日本障害者リハビリテーション協会 冨安芳和・小松隆二・小谷津孝明,1996,『障害学生の支援』,慶應義塾大学出版会 日本学生支援機構,2005,『平成17年度「障害学生修学支援セミナー」(中部・近畿地区)報告書』 広瀬洋子,2005,「欧州における高等教育の障害者支援HEAGデータベース」『メディア教育研究』、vol.1,no.2、pp155-167 広瀬洋子・青木慎太朗,2005,「高等教育における障害者支援ウエブサイト ─ 海外の動向と日本の現状 ─」,日本教育工学会 第21回大会報告(2005年9月24日) ■関連URL HEAGデータベース http://www.heagnet.org/ → 日本語版はhttp://www.nime.ac.jp/~disable/ NIME-glad http://nime-glad.nime.ac.jp/ ◇大学を越えたネットワーク SCS利用研修 http://www.nime.ac.jp/~fdfl/hnd/ 障害学生修学支援セミナー http://www.jasso.go.jp/tokubetsu_shien/seminar.html ◇本論文で紹介した団体 全国障害学生支援センター http://www.nscsd.jp/ 関西Student Library http://sl.soc.or.jp/ 京都リップル http://kyoto-ripple.hp.infoseek.co.jp/ UP:20060606 ◇原稿 |